主人公の亮は児童養護施設の出身だった。父親が無理心中を試みた時に亮の上に馬乗りになって切りつけてきた。結局、未遂に終わったが、それが亮のトラウマとして残ってしまった。
『選択』は人生の分岐点を指す言葉で、違う判断をしていれば人生が変わっていたかもしれないという時点を示している。
しかし、亮に別の判断ができただろうか。小さいころのトラウマは環境によるものだ。抗うことができない子供にとっては運命のようなものだ。そして、そんな経験は蓄積され、性格として形成されていく。
通りかかった歩道橋で柵の上から飛び降りようとした匡平を見過ごすことが亮にできただろうか。
脅されていた佐原が呼び出され、いっしょには付いて行かないという判断が亮にできただろうか。
亮にとって、そこに選択肢はなかった。その後の人生はそうなるしかなかったのだ。
だから、美雨と出会うことができたし、お互いを愛おしいと思う生活を送ることができた。亮が神龍会でのし上がっていくほど、その生活がほんのちょっとしたことで壊れてしまうアンバランスなものとわかっていて、忸怩たる気持ちで読み続けた。
選択肢はなかったのだ。
これは一般の人からは特別な世界のように映るかもしれないが、そうだとすれば、かつてバブル期に就職してイケイケどんどんと仕事をしていた人たちとどこに違いがあるのかと問いかけられている気がした。家庭を顧みることなく会社に遅くまで残っていたことはなかっただろうか。上司に言われたとおりにするしかなく、会社から指示があれば自分だけでも転勤先に引っ越し、家族と離れ離れになることはなかっただろうか。そんな時代があったこととオーバーラップする。
今は仕事で断るという選択肢がある。いい時代になったと思う。
このいい時代がこれからも続くのだろうか。
(2024年10月22日)