テレビを見ていたら、婚活アドバイザーが奮闘している様子が放送されていた。結婚相談所のようなものなのだろう。小さい事務所ながらスタッフのほかに美容師さんも抱えている評判のアドバイザーらしい。

 他の結婚相談所も参加する情報共有システムがあって、相談に来た女性の経歴を聞きながら打ち込んでいく。システムでお互いの条件が一致すれば紹介し合う仕組みのようだ。アドバイザーがの自分の視点で相談者のことを紹介する欄もあって相談者の学歴や職歴、年収や趣味からアピールポイントを探り出していく。アドバイザーの見立てを反映したこの欄が相談者の将来を左右する。

 いかに良い相手とめぐり合わせることができるかが大切で、お相手の候補者が出てくれば本人同士が会う、いわゆるお見合いをすることになる。姿格好だけでなく、どのようなことを話題にすればいいのか、何を言ってはいけないのかもアドバイスする。本人が気が付かない悪い癖があればそれを見抜いてお見合いまでに直してもらう。お見合いの後で相手からお断りがあれば、その理由を聞いて本人にわかるように説明し、次のお見合いに向けてアドバイスをつけ加えていく。

 まるでタレントのマネジャーのようだが、相談者は結婚相談所にとってお客様である。相手の気持ちになって丁寧に優しく、でも時には厳しいことも言わなければならない。そこに出てくる相談者へのアドバイスや注意は、この業界に詳しくない私にとっては新鮮な視点だった。

 そんな婚活業界を題材にした小説が発表された。

 うっかりしていた。

 宮島未奈の新しい小説が出たことに気が付かなかったのだ。「成瀬は…」というタイトルがくるものだとばかり思っていたので『婚活マエストロ』という本の名前にピンと来なかったのが正直な理由だ。週末に書店へ向かって買い求めて早速読んでみた。タイトルがいつもと違うということは、主人公は成瀬あかりではない。今度の主人公は男性、それも四十になったばかりの独身男だ。それに舞台は琵琶湖に近い滋賀県膳所ぜぜではなく、静岡県浜松だ。

 Webライターの猪名川いながわ健人けんとは学生の頃から住み続けているアパートの大家さんから婚活パーティ運営会社のWebサイトに掲載する企業紹介記事を依頼される。仕事の依頼はメールでもいいのに大家さんは健人を社長のところへ連れていった。社長と女性社員の二人でパーティを仕切っている小さな会社だった。取材のためと称してその日の晩に開催されたパーティに参加した。社長には甘い言葉で誘われたのに、受付していた女性社員の鏡原かがみはら奈緒子なおこには真剣に出会いの場を提供しているときつく言われ、健人は真剣に考えていると答えてしまう。

 初めてのことでプロフィールカードにどう書いていいのか、婚活にやってきた女性とどう会話していいのかよくわからない。緊張感が伝わってくる。彼と同じ歳の鏡原は受付だけでなく、パーティを進行する司会者やお茶出しまでやっている。彼女には匂いで相性がわかる特技を持っていて、その二人をそれとなく近づけていた。冒頭の婚活アドバイザーと同じ気遣いがここにもあった。健人は一番目に話した相手とみごとカップルになり、パーティーの後でサイゼリヤに入るが、そこで怪しいライター勉強会に誘われる。いわゆるデート商法だ。だが、運営会社の社長と女性社員鏡原は相手の素性に気がつき後を付いてきていて、健人は二人に助けられる。健人はその後、シニア世代の婚活パーティーを取材者兼スタッフとして参加し、さらに参加者の一人として婚活バスツアーにも同行した。ツアーでは真剣にお相手を探すのだが、結局うまくいかなかった。

 社長の健康上の理由から会社を閉めることになった。クリスマスの日が最後のパーティとなり、健人もスタッフとして手伝った。トラブルを抱えながら乗り切った鏡原と健人は最後の仕事が終わった後でそれまでも時々利用していたサイゼリヤに向かった。

 読み終わってほんわかした気持ちになる宮島未奈の作品に変わりはなかった。デニム地の上下でパーティに参加したマンガ好きの女性は何となく成瀬っぽい口調だし、ツアーでは琵琶湖の観光船ミシガン号も登場する。成瀬ファンとしてはほっとする瞬間も用意されていた。

 宮島未奈はあるテレビインタビューで成瀬あかりは私にしか書けないと言っていた。次は大学を卒業した成瀬あかりを読めるのではないかと楽しみにしている。さかのぼって中学生、高校生あるいはさらに若い時のエピソードがあってもおもしろそうだ。

(2024年11月6日)